新しい学びへの挑戦 塾長提言11月号

[中日新聞 2025年10月3日朝刊]

英雄の育て方 (作家 宮城谷昌光)

晋の平公と師曠「説苑」

(書き下し文)晋の平公、師曠に問うて曰く、「吾れ年七十なり。学ばんと欲するも、恐らくは已に暮からん」と。師曠曰く「暮なば何ぞ燭を柄さざるか」と。

(意味)晋の君主である平公が、盲目の楽人である師曠(しこう)に問うた。七十歳になってからの学問をしようとしても、遅いであろうな」。師曠が答えた。「遅くなったのなら、燭を灯せばよろ しいではありませんか。学問をしようとしても、遅いであろうな」。師曠が答えた。「遅くなったのなら、燭を灯せばよろしいではありませんか。」

(中略)

ところで、平公が用いた暮ということばは、人の晩年を指すことはいうまでもない。晩年になってから学問を始めたところで、人として進歩することはあるまい。このことばをきいた師曠は盲目の楽人でありながら、平公の良き助言者であった。

日没後は明かりをつければよい、という答えは、君主をからかったように平公にきこえたので、臣下が君主にたわむれてよいものか、と怒った。が、師曠は恐縮しなかった。

「わたしはこのようにきいております。若くして学問を好むことは、日の出のときの太陽のようであり、壮年になって学問を好むことは、真昼のまぶしい光のようであり、老年になって学問を好むことは、真昼のまぶしい光のようであり、老年になって学問を好むことは、燭をつけた明るさのようである、と。燭をつけて暗い道をゆくのと、燭をつけないで闇をすすむのとでは、どちらがまさっておりましょうか。」

「なるほど・・」

平公は感心した。

 7月末から、地理の教材づくりを始めました。その際に驚いたのは、私が中学時代に学んだ地理と、現在の中学校で指導されている地理の内容が大きく変わっていることです。このことについては、前号でもお話ししました。

9月末からは、理科の学習を始めています。私の中学3年の理科の担任は、授業をほとんどせず、生徒たちにひたすら暗記をさせるという指導法をとっていました。そのため、私は、第一分野である物理・化学がほとんど定着せず、高校に入ってから大変苦労しました。物理は最後まで好きになれませんでしたが、化学には少し興味がわきました。だからこそ、「中学のときに高校の学習につながるような指導をしてくれていたら…。」と、残念に思ったことを今でも覚えています。現在は、つむぎ出版の『みるみるわかる理科』と好学出版の『新ワーク』を使って自ら学び直しています。

社会では「地理」や「歴史」、理科では「物理」や「化学」を苦手とする生徒が多いようです。多くの学習塾では、社会・理科の指導がどうしても手薄になりがちですが、敬倫塾ではその部分を充実させ、生徒が自ら進んで学ぼうとする姿勢を育てたいと考えています。 私は、今年で76歳ですが、今になって、社会や理科が苦手な生徒のための新しい指導法を編み出そうとしています。まさに、晩年になって学びを志した晋の平公の境地といえるかもしれません。